ココ・シャネルのパール

Brandear

CHANEL(シャネル)

人気ブランド「CHANEL(シャネル)」の【パールアイテム】の人気の秘密や豆知識などブランディアならではの視点でご紹介させていただきます。

ココとパールのネックレス

CHANEL(シャネル)パールネックレス/カメリアモチーフ
 ココ・シャネルは、生涯パールとダイヤモンドを愛しました。とくに、パールは本物と模造を取り混ぜて楽しんでいたようです。実際、模造パールを世界に広めたのは「シャネル」なのです。

 ココは言っています。「黒にはすべてがある。白も同じ。その美しさは絶対的なもの。それが完璧なハーモニー。」

 白と黒のモノトーンの色彩は、シャネルの製品の特徴の1つですが、ココ・シャネルの美的感覚の中心軸にあったのだろうと思われます。

 恋人やパトロンなど多くの人々の助けを得たとはいえ、身寄りのない個性的な少女が事業を興して大成功を収めるまでは、大変な苦労があったことでしょう。ココは人知れず多くの涙を流したに違いありません。ココ・シャネルの写真を見ると、いつも彼女は沢山のパールを連ねた長いネックレスを何連も身につけています。ココは、涙を流す代わりにパールを身に着けたのではないでしょうか。

 ココ・シャネルの生涯について知っているにせよ知らないにせよ、女性たちがシャネルの製品に惹きつけられるのは、心に流れる涙をパールで表現するように、仕事の辛さをステキなスーツで包んで覆い隠すように、シャネルの製品のそこかしこに、ココの精神が息づいているからなのに違いありません。

ココ・シャネルという女性

CHANEL(シャネル)パールネックレス/ココマーク
 女性デザイナー多しといえども、これほど有名でその生涯が伝記や映画で語られている女性は他にはあまりいないでしょう。

 ココ・シャネルの本名は、Gabrielle Bonheur Chanel(ガブリエル・ボヌール・シャネル)。孤児院で育ち、お針子になり、仕事のかたわら歌手を目指してキャバレーで歌っていたときの歌の題名から「ココ」という愛称で呼ばれるようになったそうです。その後、恋人の援助で帽子を作り始め、1910年にパリのカンボン通りに帽子専門店を開きます。ココは順調に事業を拡大し、1921年には香水を発表しました。

 けれども、1939年に雇っていた労働者たちのストライキに遭い、シャネルは一時ファッション業界から引退します。その間も香水の事業だけは好調だったため、ココは優雅な隠居生活を送りました。彼女は第二次大戦中にナチス・ドイツに協力したかどで非難を受け、スイスに逃れましたが、1954年再びファッション界に復帰します。

 ココ・シャネルの創造したモードの中で最も輝かしい成功を納めたのは「シャネル・スーツ」かもしれません。多くの男性と付き合い、恋多き女性でありながら、経済的に自立して働き続けたココが「スーツ」で成功したというのは、ある意味象徴的です。

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